国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)の山下太郎主任研究員らの研究グループは、今回、世界で初めて、窒化ニオブを用いた窒化物超伝導体による新奇な磁性ジョセフソン素子の開発に成功した。
 ジョセフソン素子を用いた超伝導デバイスの動作には、外部から電流や磁場を加えて巨視的位相のねじれを発生させることが必要不可欠。今回開発した磁性ジョセフソン素子では、巨視的位相が自らねじれた状態を実現することができるため、従来必要であった電流や磁場を大幅に削減することができ、超伝導量子コンピュータをはじめとする様々な超伝導デバイスの高性能化に向けて大きなブレークスルーとなるもの。本研究成果は、11月14日付け(現地時間)の米国科学誌Physical Review Appliedに掲載された。なお、本成果の一部は、JSTさきがけ(JPMJPR1669)の一環として得られたものである。
 次世代のデバイスとして超伝導量子コンピュータや低消費電力回路が注目されており、超伝導デバイスの開発が進められている。通常、ジョセフソン素子を利用した超伝導デバイスでは、ジョセフソン素子の「巨視的位相」にねじれを発生させるために、外部から電流や磁場を加える必要があり、消費電力の増加や外来ノイズの原因となっていた。
 それに対し、磁性ジョセフソン素子は、巨視的位相が自ら180°ねじれた「パイ状態」を発現する。そのため、磁性ジョセフソン素子を超伝導回路に組み込むことで、巨視的位相にねじれを生じさせるのに必要な電流や磁場を大幅に削減でき、超伝導デバイスの大規模化が容易になる。
 これまで磁性ジョセフソン素子として、超伝導体にニオブを用いた素子が報告されていた。しかし、より超伝導転移温度の高い窒化ニオブを用いることで、冷却に必要な電力を削減することができる。また、窒化ニオブや窒化チタン等の窒化物超伝導体は、超伝導量子コンピュータの低損失な超伝導材料として注目されているため、これらを用いた磁性ジョセフソン素子の実現が期待されていた。一方で、コヒーレンス長が短い窒化ニオブで磁性ジョセフソン素子を実現するには、接合界面のより精密な制御が必要なことから、その作製は困難であった。
 今回、山下太郎主任研究員らの研究グループは酸化マグネシウム基板上に結晶配向成長し、表面平滑性に優れた窒化ニオブ薄膜を用いることで、接合界面の精密な制御を行い、窒化物超伝導体による「パイ状態」磁性ジョセフソン素子を世界で初めて実現した。厚さの異なる磁性層を持つ複数個の素子を作製し、ジョセフソン臨界電流を測定した結果、磁性層がある膜厚範囲にある素子で、巨視的位相が180°ねじれるパイ状態を発現していることを実験的に確認した。
 通常のジョセフソン素子では、位相のねじれがない「0状態」が安定で、ジョセフソン臨界電流は温度上昇に対して単調に減少するが、磁性ジョセフソン素子では、磁性層の厚さや動作温度に対して、0状態とパイ状態が変化する。状態が変わるポイント(転移点)では、ジョセフソン臨界電流の温度依存性に、磁性ジョセフソン素子に特有のディップ構造が現れる。山下太郎主任研究員らの研究グループは、ジョセフソン臨界電流の温度依存性において、明瞭なディップ構造の観測に成功した。これにより、作製した磁性ジョセフソン素子において、確かにパイ状態が生じていることを実証した。
 パイ状態では巨視的位相のねじれが生じているため、例えば、超伝導体のリングに磁性ジョセフソン素子を組み込むと、外部から電流や磁場を与えなくてもリング中に自ら電流が流れる。将来的には開発した素子を超伝導量子コンピュータや超伝導集積回路に組み込むことにより、巨視的位相制御に必要な外部電流やミリテスラレベルの磁場の大幅な削減が可能になり、消費電力や外来ノイズの低減に大きく寄与することが期待できる。
 今後は、超伝導量子コンピュータや超伝導集積回路における従来のジョセフソン素子を、今回開発した窒化物超伝導体を用いた磁性ジョセフソン素子で置き換えることで、より大規模化が容易な超伝導量子コンピュータや、更なる低消費電力動作が可能な超伝導集積回路の実現を目指す。

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