国立研究開発法人 産業技術総合研究所(AIST)ナノ材料研究部門 CNT機能制御グループの桒原有紀研究員、斎藤 毅研究グループ長らは、カーボンナノチューブ(CNT)の半導体応用に必須の高純度半導体型CNTの製造基盤技術である電界誘起層形成法(ELF法)について、これまで詳細が不明であった金属型/半導体型CNTの分離メカニズムを解明した。これにより、ELF法によるCNTの高純度化への指針が得られ、より高効率のCNT分離が実現した。従来と比較して分離コストを9割以上削減することと、分離時間を半分に短縮することができた。
 今回、電気的性質の異なる金属型と半導体型CNTの水分散液中での帯電量が異なることを新たに見いだした。また、CNTの水分散液のpHや分散剤濃度といった環境がCNTの帯電量へ及ぼす影響を調べることで、ともに負に帯電している両タイプのCNTが、電界下で別の電極側へ移動するメカニズムが明らかとなった。負の帯電量の大きい半導体型CNTは電気泳動で、負の帯電量が小さい金属型CNTは、電気浸透流によって移動していた。今回の、分離されたCNTの高純度化や量産・安定供給できる分離装置の設計指針につながることが期待される。
 なお、この成果の詳細は、米国化学会の学術誌Journal of Physical Chemistry Cに2019年2月6日(米国東部標準時間)にオンライン掲載された。

開発の社会的背景
 近年、省エネルギー、省資源な製造プロセスとしてプリンテッドエレクトロニクスが注目を集めている。フレキシブルで大面積のデバイスを安価に作製できる技術であるが、実用化には半導体材料や金属材料を分散させた高機能インクが必須である。CNTは機械的強度と化学的安定性に優れ、電気特性が良好なため、次世代の高機能インクの材料として期待されている。しかしながら、通常、CNTは金属型と半導体型が混在して合成されるため、特に半導体として利用するにはこれらの分離・精製が必要不可欠である。これまでに、さまざまな分離プロセスが提案・研究されており、実験室レベルでは実用的なデバイス性能が実証され、半導体型CNTの応用が盛んに研究されている。しかし、プリンテッドエレクトロニクスに用いる際に、金属型CNTがわずかに含まれていてもデバイスの歩留まりや性能のばらつきに大きく影響を与えるため、一層の高品質化や高純度化、実用化のための量産化と低コスト化といったさまざまな課題の解決が求められている。

研究の経緯
 AISTでは、半導体型CNTのプリンテッドエレクトロニクスへの応用を目指し、2010年に電界下でCNTを金属型と半導体型に分離する技術である「ELF法」を開発した。現在ELF法により99%以上の高純度で半導体型CNTを分離でき、半導体型CNT製造技術として確立している(2018年2月8日 AISTプレス発表)。しかし、ELF法によって分離された金属型と半導体型CNTはともに負に帯電しているため単純な電気泳動では分離メカニズムを説明できないことが知られていた。CNTの実用化に向けてELF法によるCNT分離技術をさらに高度化するには分離メカニズムの解明は必須であり、今回、分散液中のCNTの帯電状態の詳細な情報を得ることに取り組んだ。
 なお、今回の開発の一部は、公益財団法人 日本板硝子材料工学助成会の研究助成、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業 若手研究B(16K17492)、国立研究開発法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の「低炭素社会を実現するナノ炭素材料実用化プロジェクト(2014年度~2016年度)」による支援を受けて行った。

研究の内容
 CNTを分離するELF法では、非イオン性界面活性剤を用いてCNTを水に分散させる。CNTの分散液を入れた分離装置内の上下の電極間に直流電圧をかけて、金属型CNTを陰極側(上側)へ半導体型CNTを陽極側(下側)へ移動させてCNTを分離する。今回、帯電量の指標となるゼータ電位を測定するためのCNT試料の作製技術とCNTのゼータ電位の評価手法を新たに開発したことで、これまで測定できなかったELF法で分離されたCNTのゼータ電位を測定できるようになった。
 pHと界面活性剤濃度は、金属型と半導体型CNTの双方のゼータ電位に影響を与えるが、半導体型CNTは常に金属型CNTより大きい負のゼータ電位であること、すなわち負の帯電量が大きいことを見いだした。
 一般的に、負に帯電した粒子に電圧をかけると、帯電した粒子は陽極側へ電気泳動する。その際、反作用により、電荷を帯びていないか、小さい電荷しか帯びていない溶媒や粒子が陰極側へ移動する電気浸透流が発生することが知られている。ELF法によるCNT分離プロセスでは、比較的大きな負のゼータ電位の半導体型CNTは電気泳動により陽極へ移動する。一方、金属型CNTはゼータ電位が負であるがその値が半導体型のおよそ3分の1以下のため、電気泳動よりも電気浸透流の力を強く受けて、結果として陰極へ移動する。
 また、ELF法によるCNTの分離プロセスを詳細に調べたところ、分離装置内では、非イオン性界面活性剤が半導体型CNTと同程度に負に帯電しているため、電気泳動によって界面活性剤の濃度勾配が形成される。また、電極反応によって陰極では水酸化物イオンが、陽極では水素イオンが生成するためpH勾配が形成される。すなわち、時間の経過とともに、分離装置内の位置によって界面活性剤濃度とpHが異なる。そのため、分離装置内の位置によってCNTのゼータ電位が変化する。分離開始時や分離中の装置中心部では、ゼータ電位が大きい半導体型CNTは電気泳動により陽極側へ移動する。一方、金属型CNTは電気泳動より大きな電気浸透流の力を受けて陰極側へ移動する。ところが、分離中の陰極側は、pHが高く、界面活性剤濃度が低いので、CNTはより大きなゼータ電位を持つ。そのため電気泳動の影響が大きくなり、半導体型CNTは速やかに陽極側へ移動する一方で、金属型CNTでも電気泳動の影響が増し、電気浸透流の力とつり合う位置で金属型CNTの層が形成される。分離中の陽極側では、pHが低く、界面活性剤濃度が高いため、CNTのゼータ電位が小さくなる。半導体型CNTの陽極側への移動速度が遅くなる一方で、金属型CNTはゼータ電位がほぼなくなり電気浸透流により陰極側へ押し出される。その結果、電気泳動と電気浸透流の力がつり合う位置に半導体型CNTの層が形成される。
 このようにELF法は、電荷の符号の違いを利用した単純な電気泳動による分離のメカニズムとは異なり、金属型CNTと半導体型CNTの帯電量の違いを利用した新しいメカニズムであることが明らかとなった。またELF法でイオン性界面活性剤を使用すると活性剤の電荷の影響が大きくなるために、金属型CNTと半導体型CNTの帯電量の差が相対的に小さくなり分離できないことが分かった。このことから、ELF法で金属型と半導体型CNTの帯電量の違いを利用して両者を効果的に分離するには、分散能力が高く、帯電量に影響の少ない、わずかに負に帯電する非イオン性界面活性剤を用いる必要があると分かる。
 今回の成果により、ELF法によるCNTの分離条件を最適化できたため、分離コスト(分離に用いるCNT、分散剤、溶媒のコスト)を従来のELF法と比較して9割削減でき、分離時間を半減させることができるなど量産化に向けたいくつかの課題を克服した。さらに今回の知見は、金属型/半導体型CNT分離技術の高度化や、量産・安定供給できる分離装置の設計指針の取得につながると考えられ、今後のCNTのプリンテッドエレクトロニクスへの応用の進展に寄与することが期待される。

今後の予定
 今回開発した技術をもとに、ELF法による半導体型CNTを用いた産官学連携を進め、共同研究により新たな用途開発を行うとともに、実用性能を発揮するCNTインクとその印刷技術の開発に取り組む。CNTの軽量・フレキシブルである特徴を活かし、CNTデバイスを使った省エネルギーで快適な社会づくりへの貢献を目指す。
<用語説明>
◆金属型/半導体型カーボンナノチューブ(CNT)
 金属型CNTは、金属のように電気をよく流し、導電性が求められる電極などへの利用がある。一方、半導体型CNTは、トランジスタ、光学素子やセンサーなどへの応用が期待される。
◆電界誘起層形成法(ELF法)
 電界誘起層形成法(Electric-field-induced layer formation method)。CNTを非イオン性界面活性剤により分散し、その分散液の上下方向に電圧をかけて、金属型と半導体型のCNTを分離する方法。
◆電気泳動
 溶液内に一対の電極を入れて直流電圧をかけると、帯電した粒子が自身の電荷と反対の極に向かって移動する現象。電気泳動を利用して、DNAやタンパク質などの分離や分析が行われている。
◆電気浸透流
 電気浸透とは、溶液内で電圧をかけた際に帯電した粒子が動く際の反作用で溶媒の流れが発生する現象であり、その流れを電気浸透流という。
◆プリンテッドエレクトロニクス
 印刷技術を用いて、電子回路や半導体回路、デバイスを作製するもの。高真空、高温を必要としないため、低コストで簡便であり、プラスチックなどのフレキシブルな基板を利用でき、大面積化も容易である。
◆非イオン性界面活性剤
 界面活性剤とは、分子内に水になじみやすい「親水基」と、油になじみやすい「親油基」をあわせ持つ物質。親水基の性質の違いにより、水に溶けた際に電離してイオン性になる「イオン性界面活性剤」と、イオン性にならない「非イオン性界面活性剤」に分類される。
◆ゼータ電位
 溶液内の物質の帯電量の指標のひとつ。ゼータ電位により、物質間に斥力あるいは引力がどの程度働くかを調べられるため、分散安定性の評価に使用される。一般的に溶液中の粒子は帯電しており、自身とは反対の電荷のイオンに取り囲まれている。粒子近くのイオンは粒子表面に固定されており(固定層)、粒子表面から離れるとイオンは移動できる(拡散層)。また、拡散層の中に存在する、粒子の表面電荷がイオンに影響を及ぼす限界、すなわち粒子がイオンを引き連れて共に移動できる境界の面をすべり面という。ゼータ電位は、粒子から十分に離れて電気的に中性である点の電位を0 mVとしたときのすべり面の電位として測定される。
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