コンバーテック2021年12月号プレサービス
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mO*On*岩手大学 農学部 応用生物化学科 博士(工学) 准教授 山田 美和トヨタ紡織㈱ 新価値創造センター 新領域開拓部 河合 盛進0.2μm(m : 0ー5)ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)3.微生物が合成する生分解性プラスチック・ポリヒドロキシアルカン酸とは931.はじめに 読者のみなさまも、石油を原料とした難分解性プラスチックの大量廃棄に伴って生じるCO2排気量の上昇や、環境中(特に海洋)に流出したマイクロプラスチックによる環境汚染や人体への影響に関わる問題の解決は、世界的に急務であると、どこかで一度は見聞きされたことがあると思われる。我が国においても、菅元首相が2021年4月に2030年までのCO2排出量削減目標を大幅に引き上げることを決定したと発表し、メディアで話題になったことは記憶に新しい。さらに、気候変動や環境汚染問題に関する危機感と関心の高まりと同時に、近年日本では世界共通の持続可能な開発目標であるSustainable Development Goals(SDGs)の認知度が飛躍的に向上し、SDGsを叶えるための技術開発に向け、企業・大学間では総力を挙げて研究を進めている。このような情勢のもと、我々は諸問題を解決すべく、海藻を原料として生分解性プラスチックを微生物合成するという、新たな技術開発を目指している。まだ挑戦が始まったばかりの段階ではあるが、本稿では、我々が提案するバイオプラスチック合成技術の現状と実用化への可能性について紹介する。2.なぜ原料として海藻に注目? 日本は、海に囲まれた島国であり、海藻が全国各地の海域に豊富に存在している。また、日本では伝統的に海藻を食する習慣もあり、海藻の養殖業(特にワカメ、コンブ、ノリなど)が盛んであるが、コンバーテック 2021. 12養殖場での収穫や加工過程において、少なからず廃棄部分が生じる。例えば、ワカメ加工における未利用部分は、収穫量の約60%にもなるとの報告もある1)。これら海藻の廃棄部分は、産業廃棄物として有償で廃棄される必要があり、加工現場ではコストが生じる一因として問題となっている。さらに、近年では、温室効果ガス削減対策の1つとして、ブルーカーボン(海洋生態系による炭素貯留)を利用する試みが、日本でも非常に期待されている。実際に2019年に発表された「革新的環境イノベーション戦略」では、2050年までに藻場・干潟等の造成による国内でのCO2の吸収量向上と炭素貯留技術の確立が掲げられており、今後国内にはさらに海藻が豊富に存在することになると予測される。よって、日本において海藻は、バイオマス資源として国内で安価かつ大量に入手できる原材料であり、海藻の加工過程で生じる廃棄部位および非可食海藻を高付加価値な有用物質合成へと有効活用することは、新産業の創出へと繋がると我々は考えている。 海藻を原料として合成する有用物質のターゲットとして、我々は微生物が合成する生分解性プラスチックであるポリヒドロキシアルカン酸(PHA)に着目した。一部の微生物は、生育のための栄養素のうち窒素源の割合が低い条件において、PHAを細胞内に蓄積することが知られており(図1)、今日までに数百種類のPHA合成菌が報告されている2)。PHAは熱可塑性を有しており、抽出後は溶融成形が可能であることから、プラスチックとして利用できる。さらに、PHAは環境中の微生物によって水とCO2にまで完全に生分解されることが明らかとなっている。ここで特筆すべきは、海洋環境での分解性が良好な生分解性プラスチックの報告は少ないにもかかわらず、PHAは海洋環境中でも良好に生分解されることが確認されている点である3)。よって、PHAは、近年特に問題視されている海洋へのマイクロプラスチック流出による汚染問題に対して、大きな貢献が期待できる稀有な素材であるといえる。 また、脂肪族ポリエステルであるPHAのモノマーユニットの化学構造は、合成する微生物の種類や原料の組成(糖や油など)によって異なり、硬軟多様な物性を示す4),5)(図2)。炭素数3〜5の短鎖長のモノマーユニットからなるshort-chain-length(scl)PHAは、結晶性が高く、硬度はあるが機械的には脆弱な性質を有図1  ポリヒドロキシアルカン酸(PHA)を細胞内に蓄積している組換え大腸菌の透過型電子顕微鏡写真バイオプロセスによる海藻を原料とした生分解性プラスチックの合成

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