【高密度・超低消費次世代メモリ】東京科学大学、住友化学、KISTECと共同で強相関電子材料ナノドットの電場による磁化反転を実証
東京科学大学(Science Tokyo) 総合研究院の李邱穆(イ・クモク)JSPS 外国人特別研究員、重松圭助教(現 特定助教、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)常勤研究員)、東正樹教授らの研究チームは、住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点において、神奈川県立産業技術総合研究所(KISTEC)と共同で、マルチフェロイック物質(用語 1)であるペロブスカイト型(用語 2)BiFe0.9Co0.1O3(BFCO)のナノドットにおいて、次世代磁気メモリの基本動作となる「電場印加による磁化反転」を実証することに成功した。
BFCOは、室温において電場によって電気分極が反転すると同時に磁化も反転する希少な物質であり、この特性を利用した超低消費電力の次世代磁気メモリの実現が期待されている。
同研究では、走査型プローブ顕微鏡(用語 3)による高精度な磁気計測手法を用いることで、ナノドット内部に形成された強誘電ドメイン(用語 4)のトポロジカル構造(用語 5)と磁気ドメインを可視化した。その結果、中心を向いた中心収束型の分極構造を示していた電気分極が、電場の印加によって外側を向いた中心発散型へと変化し、それに伴って面内および面直の磁化方向を制御できることを明らかにした。
この成果は、高密度かつ超低消費電力で動作する次世代磁気メモリの実現に向けた重要な指針を示あす。同研究には、東京科学大学 長瀬泰仁大学院生(研究当時)、米国ノースイースタン大学 ポール・スティーブンソン助教、カリフォルニア大学バークレー校 ピーター・マイゼンハイマー研究員(研究当時)、ライス大学 ラマムーシィ・ラメッシュ教授が参加した。
同研究成果は、6月17日(現地時間)付の「Science Advances」に掲載される。
●背景
近年、人工知能の普及などによるデータ処理の爆発的な増加に伴って、情報処理に関連したエネルギー消費量が著しく増加しており、電子デバイスの省電力技術のイノベーションが求められている。
その中で、東京科学大学に発足した「住友化学次世代環境デバイス協働研究拠点」では、環境に配慮したデバイスの社会実装に向けて、「強相関電子材料」の実用化研究を進めています。具体的には、強相関電子系の原理により磁気的性質と電気的性質が交差相関応答を示すマルチフェロイック物質に着目し、次世代の低消費電力・不揮発性磁気
メモリデバイスへの応用を目指した材料・プロセス開発や信頼性評価、社会実装に取り組んでいる。
同拠点で本研究グループは、室温で強磁性と強誘電性を同時に示す BiFe0.9Co0.1O3(BFCO)という材料に着目しています。この材料は、電気分極に対して垂直な面内に磁化が向くことが分かっており(図(a))、電場印加による電気分極の反転と同時に、磁化の方向を反転させることに成功しています[参考文献 1、2]。この性質は、電場印加の際の磁化の反転により情報の書き込みを行う低消費電力の磁気メモリの実現の鍵になる。それに加えて、BFCO を、直径 60〜190 nm のナノメートルサイズのドット形状(ナノドット)に微細化する手法もすでに確立しています[参考文献 3]。このナノドット 1 つ 1 つが磁気メモリの情報担体として機能すれば、BFCO が高密度に集積可能な磁気メモリ材料として利用できることが示されます。しかし、ナノドットへの電場印加による磁化反転はまだ実証されておらず、その実現には、ナノドット1つあたりの微弱な磁化の方向を電場印加前後で精度よく検出する技術が不可欠であった。
●研究成果
今回の研究では、直径 190 nm の BFCO ナノドットに対して、電場を印加する前後の強誘電ドメイン・磁気ドメインを高精度に観察しました。強誘電ドメインの観察には、走査型プローブ顕微鏡の一種である圧電応答顕微鏡を使用し、面内方向・面直方向の情報を含む 3 次元で電気分極の方向を特定した。これまでの研究で、BFCO ナノドットの強誘電ドメインは、トポロジカルドメイン構造と呼ばれる特徴的な構造を示すことがすでに分かっていました。具体的には、図(c)にある、電気分極が中心を向いた中心収束型、または中心から外側を向いた中心発散型の分極構造。今回これに相関した磁気ドメインの観察には、高感度な磁気検出手法であるダイヤモンド NV(窒素-空孔)中心(用語 6)をプローブとした走査型磁束計(走査型プローブ顕微鏡の一種)を採用した(図(b))。これにより、BFCO ナノドットの微弱な磁化が作るドメイン構造を明瞭に可視化することができました。さらに、この観察手法は、原理的に静電気による妨害を受けないため、電場印加前後での磁気ドメインを正確に比較することも可能であった。このような手法の特長を生かした結果として、電場印加により生じる、ナノドット内部のトポロジカル強誘電ドメイン構造に特徴的な「中心収束型→中心発散型」の電気分極の反転と、同時に起こる面内・面直の磁化の反転を実証することに成功した(図(c))。

●社会的インパクト
今回の研究成果は、次世代メモリ材料として期待されるマルチフェロイック BFCOの電場印加に伴う磁化反転を、実際のメモリ形態に近いナノドット形状で初めて達成したもの。この結果は、BFCO がナノドットとして高密度に集積した状態で情報の読み取りと書き込みができる材料であることを示している。すなわち、超低消費電力不揮発メモリの情報担体として使用できることを意味しており、次世代の低消費電力・不揮発性磁気メモリデバイスの開発へ大きな前進である。
●今後の展開
半導体製造工程で使用される微細加工技術を適用することで、ナノドットのさらなる高品質化と高精度な微細化を推し進め、実際に BFCO を組み込んだメモリ素子作成に取り組み、次世代の低消費電力不揮発性磁気メモリ素子の実現を推し進めていく。
(1) マルチフェロイック物質:一般的には、複数の強的秩序を有する物質のことをいう。狭義では、強磁性と強誘電性の 2 つの強的秩序を有する物質を指す。
(2) ペロブスカイト型:一般式 ABO3 で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代
表的な結晶構造。
(3) 走査型プローブ顕微鏡:先端を尖らせた探針を用いて、物質の表面および表面近傍をなぞるように走査することで、物質表面についての情報を得る顕微鏡。探針の種類や走査方法を変更することで、強誘電ドメインの構造を調べる圧電応答顕微鏡や、強磁性ドメインの構造を調べる磁気力顕微鏡として使用することができる。
(4) ドメイン:物質のなかの電気分極あるいは磁化が同じ向きにそろった領域を、それぞれ強誘電・強磁性ドメインと呼ぶ。隣り合う強誘電ドメイン・強磁性ドメインは、電気分極・磁化の向きが異なり、物質によってさまざまな幾何学的形状のドメインが観察される。
(5) トポロジカル構造:ナノサイズの強誘電体の内部で、分極が渦巻きのような特殊な幾何学的パターンを形成した状態は、トポロジカル強誘電ドメイン構造と呼ばれる。微細化や繰り返しの分極反転に対して安定性が高いことから、高密度・高性能化への鍵として注目されている。
(6) ダイヤモンド NV(窒素-空孔)中心:ダイヤモンドの結晶は炭素原子から構成されるが、ある1つの炭素原子が窒素原子に置き換わると、窒素の結合手が炭素よりも少ないために、窒素の隣の炭素の1つが抜けて空孔が生じる。この窒素と空孔が隣り合ったペアはNV中心と呼ばれる。NV中心は磁性の起源であるスピンを持ち、微弱な磁場に応答するセンサーとして用いることができる。磁場の検出の際は、マイクロ波の波長を変化させながらダイヤモンドNV中心に緑色のレーザーを照射したときに放出される赤色の蛍光を計測し、その強度変化から、ダイヤモンドNV中心周辺の磁場の大きさ・向きを解析することができる。

