【鉛フリーペロブスカイト】理化学研究所、東北大学、東京大学、住友化学の研究グループ、可視光域での巨大な光電流応答を観測
概要
理化学研究所(理研)創発物性科学研究センター強相関界面研究グループの三木孝馬研修生(研究当時、現東京大学大学院工学系研究科大学院生)、中村優男上級研究員(研究当時、現客員研究員、東北大学大学院理学研究科教授)、 川﨑雅司グループディレクター(東京大学大学院工学系研究科教授)、創発光物性研究グループの小川直毅グループディレクター、強相関物性研究グループの十倉好紀グループディレクター(東京大学卓越教授/東京大学国際高等研究所東京カレッジ)、 最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部強相関材料環境デバイス研究チームの岡本敏チームディレクター(住友化学コーポレート研究業務部研究企画統括)らの共同研究グループは、強誘電性※1を示す鉛フリーハライドペロブスカイト※2の薄膜において、可視光域での巨大な光電流応答を観測した。
この研究成果は、環境調和性の高い、次世代の光電変換材料の開発を加速するものと期待される。
今回、共同研究グループは、強誘電性を示すハライドペロブスカイトCsGeI3の高品質な薄膜の作製に成功した。さらに、この薄膜において、電子波動関数の量子幾何学効果※3に由来する「シフト電流※4」が、既報物質を1桁以上上回る巨大な光電流応答を示すことを明らかにした。
この研究は、科学雑誌『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』オンライン版に2026年6月22日の週に掲載される。

背景
ペロブスカイト構造を持つハロゲン化物(ハライド)を光吸収層とするペロブスカイト太陽電池は、日本発の次世代太陽電池として大きな期待を集めている。現状では鉛(Pb)を含む材料が主要な研究対象となっているが、Pbの環境負荷や人体への毒性が応用上の懸念となっている。そのため、Pbをス ズ(Sn)やゲルマニウム(Ge)などの元素で置き換えた、Pbフリーハライドペロブスカイトの研究が進められている。
中でもGe系ハライドペロブスカイトは、Pbフリーで環境負荷の低減が期待できることに加えて、優れた強誘電性を示すという特徴を持っている。強誘電体のように空間反転対称性※5が破れた物質では、電子波動関数の量子幾何学効果に由来する「シフト電流」と呼ばれる光電流が発生する注1~3)。シフト電流は、従来の太陽電池で利用されるp-n 接合(p型半導体とn型半導体を接合した構造)を必要とせずに発生する光起電力であり、欠陥や不純物による散乱の影響を受けにくく、超高速応答を示すことなどから、太陽電池や光検出器の高性能化につながる新しい光電変換原理として期待されている。
Ge系ハライドペロブスカイトの一つであるヨウ化ゲルマニウムセシウム(CsGeI3)は、大きな強誘電分極を持つとともに、太陽光吸収に適したバンドギャップ(電子の存在できないエネルギー領域)を有しており、大きなシフト電流の発生が期待される物質。しかし、CsGeI3は従来の溶液法では結晶性や均一性に優れた薄膜の作製が難しく、その光電物性はこれまでほとんど明らか
にされていなかった。
注1)2017年8月21日プレスリリース「量子力学的な作用による光電変換を実証」
注2)2020年8月11 日プレスリリース「量子位相が駆動する散乱に強い光電流」
注3)2024年11 月18日プレスリリース「量子位相が駆動する励起子からの光電流発生に成功」
研究手法と成果
研究に先立ち、共同研究グループは、世界でも数少ないハライド薄膜の成長に最適化した分子線エピタキシー※6装置を独自に開発した。同装置を用いて、CsGeI3の薄膜成長を行った結果、結晶方位がそろった高品質なエピタキシャル薄膜の作製に初めて成功した(図1A)。

(A)分子線エピタキシー法によるCsGeI3高品質薄膜作製の概念図。
(B)作製した薄膜積層構造と光電流測定の概念図。nm:10億分の1メートル。基板にはフッ化バリウム(BaF2)を用い、CsGeI3薄膜の表面はフッ化鉛(PbF2)で保護している。また光電流測定のため電極として金(Au)を蒸着した。
(C)観測された光電流の光子エネルギー依存性(上図)。先行研究の第一原理計算によるシフト電流の光子エネルギー依存性(下図)。K:ケルビン(絶対温度の単位。0 Kはセ氏零下273.15度に当たる)。µAV-1:100 万分の1アンペア/ボルト。
作製した薄膜試料に対し光を照射し、外部電圧を加えない条件で発生する光電流(無バイアス光電流)を測定した(図1B)。 図 1Cの上図は、照射する光のエネルギーを変えて測定した光電流のエネルギー依存性(スペクトル)。
光電流は、CsGeI3のバンドギャップに対応する約1.6eVから立ち上がり、2.9eV 付近で符号が正から負へと反転し、その後 3.0eV 付近で負のピークを示した。このような光電流の符号反転は、電極近傍の電場などによって生じる通常の光電流では説明できず、シフト電流に特徴的な振る舞いである。
さらに、先行研究注4)での第一原理計算※7によって得られたシフト電流のスペクトル(図1C下図)と比較したところ、符号反転や負のピークなどの特徴が実験結果とよく一致した。これらの結果から、今回の研究で観測された光電流がシフト電流であることが明らかになった。
また、薄膜に電場を加えて強誘電分極の向きを制御すると、電場の向きに応じて無バイアス光電流の大きさが可逆的に変化することも確認した。この結果は、観測された光電流がCsGeI3の強誘電分極と密接に結びついたシフト電流であることをさらに裏付けるものである。
さらに、CsGeI3薄膜で観測されたシフト電流応答を、これまで報告されている代表的な物質と比較したところ、可視光域で性能指数が既報値を1桁以上上回ることが分かった(図2)。 この結果は、CsGeI3が極めて高いシフト電流発生能を持つことを示すものであり、強誘電性ハライドペロブスカイトが次世代光電変換材料の有力な候補であることを明らかにした。

CsGeI3薄膜で観測されたシフト電流応答を、これまで報告されている代表的な物質と比較した。可視光域で性能指数が1桁以上上回っている。
注4)Chelil, N., Sahnoun, M., Benhalima, Z., Larbi, R. & Eldin, S. M. Insights into the relationship between ferroelectric and photovoltaic properties in CsGeI3 for solar energy conversion. RSC Adv. 13, 1955–1963 (2023).
今後の期待
今回の研究では、鉛を含まない強誘電性ハライドペロブスカイトCsGeI3の高品質エピタキシャル薄膜を作製し、可視光域で既報物質を1桁以上上回る巨大なシフト電流を観測した。この成果は、強誘電性と可視光吸収を兼ね備えたハライドペロブスカイトが、量子幾何学に基づく新しい光電変換材料として高い可能性を持つことを示している。
今後は、薄膜の結晶性、歪(ひず)み、強誘電ドメイン構造を精密に制御することで、シフト電流のさらなる増強や電場による光電流制御が期待される。また、鉛を含まない環境調和型材料として、次世代太陽電池、次世代高速通信用光検出器、テラヘルツ帯高速光電変換デバイス、非線形光学素子への応用展開が期待される。
論文情報
<タイトル>
Record-high Glass coefficient in the shift current response of a ferroelectric halide perovskite
<著者名>
Koma Miki, Masao Nakamura, Asahi Yamada, Gurvan Bosser, Kiyohiro Adachi, Daisuke Hashizume, Naoki Ogawa, Satoshi Okamoto, Yoshinori Tokura, Masashi Kawasaki
<雑誌>
Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)
<DOI>
10.1073/pnas.2602252123
補足説明
※1 強誘電性
外部電場がゼロでも有限の分極を持ち、かつ分極方向を電場で反転することができる性質。そのような性質を持つ物質を強誘電体と呼ぶ。
※2 ペロブスカイト
チタン酸カルシウム(CaTiO3)に代表される結晶構造の総称。ABX3の化学式で表される特定の結晶構造全般を「ペロブスカイト構造」と呼ぶ。A・B・Xは異なる原子(イオン)で、特にXがハロゲン化アニオンであるものを、ハライドペロブスカイトと呼ぶ。
※3 量子幾何学効果
電子の波動関数は運動量空間の中で「形」や「ねじれ」を持っている。量子幾何学とは、その形やねじれを幾何学的に記述する枠組みである。電子が曲がった運動量空間の効果を感じることで特異な物性現象が発現することを、量子幾何学効果と呼ぶ。
※4 シフト電流
空間反転対称性(※5参照)の破れた物質を光で励起した際に、電子波動関数の量子幾何学位相が変化することで生じる電流。電場下で生じる一般的なオーミック電流とは異なり、散乱の影響を受けにくい特性や、電流を運ぶ自由キャリア(物質中を自由に動き回り、電気を運ぶ役割を果たす電子や正孔のこと)を必要としないという特性を持つ。
※5 空間反転対称性
各点の座標(x, y, z)を(-x, -y, -z)に変換する操作を空間反転操作と呼ぶ。空間反転操作の前後で構造が一致しない場合、空間反転対称性が破れているという。
※6 分子線エピタキシー
超高真空の清浄な雰囲気下で、成分元素または構成分子を蒸発させて結晶基板上に供給し、基板の結晶方位にそろった結晶薄膜を成長させる手法。特に結晶性の良い半導体などの薄膜作製に適した手法である。
※7 第一原理計算
経験的なパラメータを含むことなく、量子力学の最も基本的な原理に立脚して電子状態を計算すること。
共同研究グループ
理化学研究所
創発物性科学研究センター 強相関界面研究グループ
研修生(研究当時):三木孝馬 (現 強相関物性研究グループ 研修生、東京大学 大学院工学系研究科 大学院生)
上級研究員(研究当時、現 客員研究員):中村優男(現 最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デ バイス研究チーム 客員主管研究員、東北大学 大学院理学研究科 教授)
グループディレクター:川﨑雅司(理化学研究所理事、東京大学 大学院工学系研究科 教授)
物質評価支援チーム
基礎科学特別研究員:足立精宏
チームディレクター:橋爪大輔
創発光物性研究グループ
グループディレクター:小川直毅(最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム 副チームディレクター)
強相関物性研究グループ
グループディレクター:十倉好紀(東京大学卓越教授/東京大学 国際高等研究所東京カレッジ)
最先端研究プラットフォーム連携(TRIP)事業本部 強相関材料環境デバイス研究チーム
テクニカルスタッフⅠ:Bosser Gurvan(創発物性科学研究センター 強相関物質研究グループ テクニカルスタッフⅠ)
チームディレクター:岡本 敏(住友化学 コーポレート研究業務部 研究企画統括)
東北大学 大学院理学研究科
大学院生:山田朝陽
研究支援
本研究は、日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業基盤研究(S)「高品質単結晶薄膜・界面による金属ハライドX-nicsの基盤構築(研究代表者:川﨑雅司、JP22H04958)」、同学術変革領域研究(A)「キメラ準粒子の分子科学(研究代表者:谷口耕治、JP24H02234)」、同挑戦的研究(開拓)「三方晶系極性有機結晶の構築とバルク

