【鉛フリー貴金属量子ドット】田中貴金属工業、名古屋大学との共同研究で近赤外・短波長赤外センシング向け材料開発
田中貴金属の産業用貴金属事業を展開する田中貴金属工業は、東海国立大学機構 名古屋大学・鳥本研究室との共同研究により、近赤外領域の光に応答する、鉛(Pb)を使用しない貴金属量子ドット材料を開発した。この材料は、従来の鉛系量子ドット材料と同程度の受光波長範囲を持ちながらも、Pbやカドミウム(Cd)を含まないため、スマートフォンなどの民生用電子機器や、生体センシングといった医療分野への応用が期待できる。2027年1月よりサンプル提供を開始予定。
この材料は、2026年11月1日~6日に沖縄で開催される国際学会「Okinawa Colloids」、および同年12月16日~18日に開催される「nano tech 第26回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議」にて紹介する。

開発の背景
赤外光を用いたセンシング技術は、3Dセンシングやウェアラブルデバイス、スマートフォンの顔認証機能や産業用検査カメラ、自動車用LiDAR、生体センシングなど、幅広い分野で応用が進んでいる。こうした赤外センシングを支えているのが、赤外光を受光する受光材料。
この受光材料として、従来、インジウム・ガリウム・ヒ素(InGaAs)が主に用いられている。波長1700nmまでの赤外光を高感度で検出可能であるものの、真空プロセスを用いるなど製造工程が複雑で、量産時の歩留まりやコストが課題となっている。また、インジウム(In)は昨今、AIデータセンター向け次世代高速通信用半導体やペロブスカイト太陽電池、スマートフォン用ディスプレイなどの最先端分野で需要が急速に拡大している一方で、需要に対して産出量が限られるため、安定供給が課題となっている。
これに対し、従来のInGaAsを使用しない赤外受光材料としては、印刷プロセスによる低コストで高いセンシング性能を持つ硫化鉛(PbS)を用いた量子ドット材料(半導体ナノ粒子)の使用が検討されています。
量子ドットは、数ナノメートルサイズの半導体粒子であり、粒子径を制御することで光を吸収・発光する波長を調整できることが特長。また、センサへの実装では、大面積化に適した印刷プロセスを適用できるため、InGaAsと比較して10分の1程度のコストでセンサを製造できるとされている。しかし、代表的な量子ドット材料であるPbSは、RoHS指令の規制対象物質である鉛を含むことから、民生用電子機器への採用が制限されている。こうした規制は、Pbが人体への健康影響や環境負荷の観点から懸念される物質であることを背景としている。
これらの課題を解決するため、田中貴金属と名古屋大学は、貴金属を主成分とするPbフリーな次世代量子ドット材料を開発した。
開発した貴金属量子ドット材料の特徴
本材料は田中貴金属が名古屋大学・鳥本教授との共同研究により開発した、貴金属を主成分とする赤外受光可能な化合物半導体量子ドット材料。PbSなど他の量子ドット材料と同様に、真空プロセスを必要とせず、大面積化に適した印刷プロセスを適用できるため、製造工程の簡素化やプロセスコストの低減が期待できる。
田中貴金属の性能評価において、今回の開発品である銀・硫黄・テルル(Ag-S-Te)量子ドットを簡易的な光センサの活性層(受光層)として実装したところ、波長1200~1700nmの短波長赤外(SWIR)光に対して最高18.4%の外部量子効率(EQE)を達成。この波長帯は太陽光によるノイズや悪天候の影響を受けにくく、屋外でも高精度なセンシングが可能。また、人の目に対する安全性が高く、物質や生体内部を透過しやすいという特長もある。
これにより、これまでコストや鉛規制の観点から高性能な赤外センサの適用が難しかったスマートフォンなどの民生用電子機器(顔認証などの3Dセンシング)をはじめ、自動車用LiDARや産業用検査カメラ、生体センシングなど、幅広い分野への実用化が期待される。



田中貴金属は、SWIRセンシング用の受光材料だけではなく、赤外光を利用する生体親和性の高い元素を用いた発光材料も開発している。この量子ドット材料は特定の患部や細胞を高精度に光らせて可視化するターゲットイメージングへ応用できる。貴金属を用いた量子ドット材料はPbやカドミウム(Cd)といった生体毒性の高い有害物質を含まないため、バイオメディカル用途での活用も期待される。
量子ドット材料のカスタマイズ技術とリサイクル技術
田中貴金属は名古屋大学との共同研究を通じて、量子ドット材料の組成制御、粒子径制御、および表面改質技術の開発を進めてきた。このような技術を活用し、吸光・発光などの光学特性のカスタマイズやプロセス適合性の向上といった、顧客の要望や用途に応じた最適な量子ドット材料を提案する。
さらに、本量子ドット材料には貴金属を主成分として使用するが、田中貴金属が長年培ってきた貴金属リサイクル技術を活用することで、材料コストの低減に寄与する。製造工程で発生する端材や、顧客での評価・検討において使用済みとなったサンプルから貴金属を回収・精製することにより、導入時の初期評価コストの低減に加え、量産時のランニングコストの最適化にも貢献する。
今後の展望
今回の開発により、供給制約が懸念されるInや、RoHS規制対象の鉛を含まないことに加え、印刷プロセスによる優れた量産性が期待できる材料を提供することで、安全で持続可能な次世代センシング技術の実現に貢献する。


