【ムーンショット型研究開発事業】東京大学・海洋研究開発機構・群馬大学、深海でも分解が進む酵素内包生分解性プラスチックの開発に成功

 NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)が推進するムーンショット型研究開発事業「生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」(以下、本事業)において、東京大学、海洋研究開発機構、群馬大学は、深海をはじめとする分解微生物が極めて少ない海洋環境下でも、生分解が大幅に速く進む「酵素内包生分解性プラスチック」の開発に成功した。
 開発した酵素内包の技術は、酵素を添加しても元の生分解性プラスチックと同等の強度を維持し、さまざまな製品に熱成形加工することも可能な革新的なアプローチ。さらに、使用中は分解せず、環境中に流れ出たときに摩耗や断片化により生分解が誘発される「生分解開始スイッチ機能」も有しています。また、深海環境下でも速やかに分解が進むため、マイクロプラスチック汚染問題の低減にも貢献する。
 この研究成果は、国際総合科学誌「Nature」オンライン版(2026年10月21日16時、ロンドン時間)に掲載された。

背景
 現在、毎年約800万トンのプラスチックごみが海洋に流出している可能性があると報告されている(Science 347, 768 (2015))。そのほとんどは、山、川、湖、海のいずれの環境でも300年以上も分解しないプラスチックとされている。このような背景の中、現在、あらゆる自然環境下で微生物の働きにより二酸化炭素と水にまで完全に分解される「生分解性プラスチック※1」の開発が望まれている。
 これまでに本事業※2の成果の一つとして、さまざまな生分解性プラスチックが水深757~5552mの深海底で、微生物により生分解されることを世界で初めて明らかにした(Nature Communications, 15, Article Number 568 (2024))。しかしながら、一部の生分解性プラスチックは、深海での生分解速度が非常に遅く、完全に分解するには速いものでも数年はかかることが同時に明らかになった。
 本事業では、生分解性プラスチック内に自然由来の分解酵素を埋め込むことにより、分解微生物の存在が乏しい深海を含む極限環境下でも速やかに生分解する「酵素内包生分解性プラスチック」の開発を目指した。

今回の成果
(1)酵素内包生分解性プラスチックの開発による分解速度の向上
 本事業では、生分解性プラスチックに自然由来の分解酵素(クチナーゼ※3やリパーゼ※4など)を、それぞれのプラスチックの熱軟化点以上で熱混練することにより作製し、酵素を添加しても、元のプラスチックと同等の強度や柔軟性を維持するとともに、水温が低く、水圧も高い深海へと沈降・拡散した場合でも酵素活性を保持し、生分解速度が大幅に速まる「酵素内包生分解性プラスチック」の開発に成功した。
 具体的には、酵素内包の技術により、岸壁に加え、深海でも速やかに分解が進行し、岸壁では1カ月以内に、水深757m付近の深海でも5カ月以内に完全に分解させることに成功した。酵素内包生分解性プラスチックの分解速度は、酵素を内包していない場合と比べて、約30倍の速さであった。本結果は、低温(4℃)かつ高水圧(7.6MPa、大気圧の約75倍)という深海の極限環境下でも、プラスチック内に包埋された酵素が変性・失活することなく分解活性を維持し、基質であるプラスチックの分解を進行させ得ることを実証するものであり、深海環境下での生分解性に関する重要な知見となる。

(2)生分解開始スイッチ機能※5とマイクロプラスチック汚染問題※6の低減への貢献
 本事業で開発した「酵素内包生分解性プラスチック」では、プラスチック内に埋め込まれた酵素は、水のない環境下では分解活性を発現しない。したがって、ドライな環境下で製品として使用している間の分解はほとんど進行せず、環境中に流出したのち、物理的な崩壊や表面摩耗などにより、埋め込まれている酵素に水が触れたときに分解がはじまる生分解開始スイッチ機能を備えている。
 さらに、本事業で開発した酵素内包生分解性プラスチックから作製した直径数十ミクロンのマイクロビーズがさまざまな海洋環境下で速やかに分解されたことから、酵素内包生分解性プラスチックは、断片化によって生じるマイクロプラスチック汚染問題の低減にも貢献する優れた素材であると言える。
 なお、本研究成果は、国際総合科学誌「Nature」オンライン版(2026年10月21日16時、ロンドン時間)に掲載された。
 詳細は、下記のWebサイトをご参照。
 DOI: 10.1038/s41586-026-11192-1
 https://www.nature.com/articles/s41586-026-11192-1

今後の予定
 NEDOは本事業において、引き続き、実際の使用環境における長期耐久性や安全性の検証、多様な生分解性プラスチック素材への適用拡大、酵素内包プロセスの効率化とコスト低減およびスケールアップなどの研究成果の社会実装を進め、海洋汚染問題の低減に向けた取り組みを継続する。
※1 生分解性プラスチック
 自然環境中に存在する微生物が分泌する分解酵素により、水に可溶な低分子化合物にまで分解されたのち微生物体内に取り込まれ、最終的に二酸化炭素と水にまで完全に分解されるプラスチックのこと。PBS(ポリブチレンサクシネート)、PBSA(ポリブチレンサクシネートアジペート)、PCL(ポリカプロラクトン)、PBAT(ポリブチレンアジペートテレフタレート)は化学的に合成される脂肪族ポリエステルに分類される。
※2 本事業
 事 業 名:ムーンショット型研究開発事業「生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発」
 事業期間:2020年度~2029年度(予定)
 事業概要:ムーンショット型研究開発事業
      生分解開始スイッチ機能を有する海洋分解性プラスチックの研究開発資料
※3 クチナーゼ
 エステル結合加水分解酵素の一種で、植物のクチクラを構成するクチンを分解する酵素。クチンと構造が似ている生分解性
ポリエステルを分解することができる。本事業では、糸状菌の一種から得られるHiCクチナーゼ(Humicola insolens由来クチ
ナーゼ)を用いている。
※4 リパーゼ
 脂肪のエステル結合を切る加水分解酵素。本事業では、南極酵母の一種から得られるCaLBリパーゼ(Candida antarctica
lipase B)を用いている。
※5 生分解開始スイッチ機能
 使用中は通常のプラスチックと同じように使えて、環境中に流出した際、pH、温度、塩濃度、水圧、酸化還元などの外部環境変化や摩耗や破壊などの物理的作用により分解がはじまる生分解性プラスチックに備えた画期的な機能のこと。
※6 マイクロプラスチック汚染問題
 大きさ5ミリ以下の微細なプラスチック片が山、川、海などの自然界に広がり、回収が困難なまま蓄積する地球規模の環境問題のこと。大きなプラスチックごみの破砕、洗濯から生じる繊維くず、化粧品のスクラブやプラスチックレジンなど最初から小さいものなどが挙げられ、環境だけでなく生態系への影響も懸念されている。

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